基地の一人は仮名T男。

自称サバサバ系。実態は幼稚で傍若無人、
好き嫌いで人を分けてあからさまに態度を変えるのが特徴だった。
仕事はそれなりに出来て弁が立ち、おまけに上司がことなかれ主義だったのでやりたい放題。
「好き」認定した相手のことは「ちゃんづけ」で呼んでいた。

名字か下の名前の呼びやすいほうで、いい年した大人が職場で「ちゃんづけ」しあっていた。

まことなら「まこっちゃん」、山田なら「やまちゃん」みたいな。
T男自身も好き認定した相手には、彼の名前がてつやだとしたら

「てっちゃん」と呼ばれたがっていた。

「嫌い」認定した相手は無視、口撃、立場が下ならパワハラ。
T男のパワハラが原因で、持病の心臓疾患を悪化させて辞めていった人もいた。


自分はT男と直接関わりはなかったけど、同じフロアだったから
T男がいじられキャラの人をからかってギャハハと笑っていたり、
「好き」な同僚相手に大声で自分の趣味の話ばかりしている姿には違和感があった。

ふむふむそれで

472の続きです。

そんなある日、フロアに異変が起こった。
廊下の掲示板に、T男が起こしたクレーム報告の切り抜きが貼られるようになった。
クレーム報告自体は営業が業務日報に入力したもので、共有のサーバーに入っているから
社員なら誰でも閲覧ができる。
内容は取引先からで「T男が相手によって態度を変える。女性事務員や新人だと雑な対応をする。同様のクレームを受けるのはこれで2回目」という内容が具体的に記されていた。

掲示板といったって、警視庁の交通安全ポスターが貼られているくらいの、そんなに見るようなものじゃない。
古いオフィスビルだから、監視カメラなんてあるわけもない。

そこにひっそりとクレーム報告をプリントアウトした切り抜きが貼られるようになった。
総務が気づいて剥がしても、いつのまにかまた貼られている。

「ねえ、あれ・・・」
「見た？」
とだんだん噂が広まっていくようになる。

犯人はもちろん分からないし証拠はない。
だけど「昨日まではたしかなかったよね？　昨日遅くまで残ってたのって・・」
と状況証拠で絞っていくと浮上したのが、同じフロアのH田だった。

数ヶ月前に異動してきたH田も、かなりいわくつきの人物だった。
とにかく沸点が低く寛容性が欠けている。それでもT男と同じく仕事はそこそこできて、人を攻撃してやりこめる才能（？）は抜きん出ていた。
前の部署の部長は持病持ちで弱腰だったので、他部署相手の番犬のつもりでH田を自由にさせていたようだった。
その部長が退任して、営業部出身の剛腕な新部長の代になったら、H田は単なる不穏分子になり、あっさり放逐された。

H田とT男にトラブルがあったという話は聞かなかったけど。
肩がぶつかったくらいでも根に持つようなH田と、傍若無人で声がでかい
T男が同じフロアの近い席にいる、というだけで「さもありなん」というところだった。

H田は望まない異動をさせられて鬱憤がたまりにたまっている時期だっただろうし、
あれこれ他部署の情報を嗅ぎ回る癖もあった（営業の業務日報を閲覧するのは別に違法ではない）。

あまりに何度も貼られるものだから、ついに
社長が全社員に警告のメールを送る事態になり、ようやくクレーム晒しは影を潜めた。

何食わぬ顔をしているH田と対照的に、T男はかなり病んで弱気になっていった。

頭部がどんどん寂しくなり、頬もげっそりしていった。


己の傲慢な人間性を客観的に突きつけられたのも、
それを社長以下上層部や不特定多数の社員に晒されたのもT男にとっては屈辱だっただろう。
それ以上に、自分が周りから嫌われていることにようやく気づいたみたいだった。
手前勝手な「好き」「嫌い」を振りかざしていたT男は
「嫌い」認定→無価値、消えろww みたいな態度だったけど、相手だって同じことを感じるわけで。

T男が「好き」認定していた人たちは、いわゆる人格円満で誰からも
好かれるタイプの人だから、べつにT男だけの味方というわけじゃない。
状況証拠を抜きにすれば、容疑者は多すぎるくらいだった。

弱気になったT男は、誰に対しても廊下ですれ違えば挨拶くらいはするようになり、
仕事はできないけど声だけは元気な派遣社員さんのことを
「あの派遣さんすげー、はきはきしてて。何ヶ月くらいやってるの？」

と人のいいところを見つけて褒められる俺！アピールをしてみたりと、
それなりに変化が見うけられた。
それでもしまいには、ストレス性の突発性難聴だかメニエール病だかで

「耳が聞こえない」と騒いで異動を申し出た。

ことなかれ主義の部長は、これ幸いと対応した。
T男はそれなりのポジションを期待していたみたいだが、
いわくつき物件を受け入れてくれるところなんて、倉庫しかなかった。

結局役職も外され、倉庫の荷出し業務に異動。
それまで出荷業務をさんざん見下していたせいで、
強面の倉庫の統括者に「あんた嫌われてるから、ちゃんとやってね」と釘をさされる始末。
それでも何年かたつけど、それなりに仕事はしている様子だ。
意外と体を動かすのが性に合ったのかもしれない。

ちなみにH田は、その後営業マンとフロアで取っ組み合いの喧嘩騒動を起こし、

こちらもほどなく閑職に飛ばされていった。

クレーム晒しの犯人がH田だった証拠はないけど、

あの事件に関しては内心「GJ」と思っている自分の性格の悪さを告白しておく。